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今夜の番組チェック

 


思い出のバイク達そして事故

 バイクの免許を取って45年を越しました。そして十数台のバイクを乗り継ぎました。
その中で思い出のバイク、写真の残っていたバイクをアップしました。
    

下記のバイク以外にもスズキハスラー、ヤマハトレール、CB250、セロー225、
XJ750などに乗りました。
    
                   

 スーパーカブ  50cc
  
















1962年、高校3年生の時です。当時は自分のバイクを持つような時代ではなく
親父のバイクです。R10が市街地を除いて未舗装の時代で埃よけに学生帽と
サングラス、タオルをマスク変わりにして走っていました。
 



ホンダCL250cc

  












1970年頃えびの高原にて
九州一周や四国一周を始めとしてオンからオフまで大活躍でした。

 
1970年頃  四国、石鎚山スカイラインにて



セロー225cc

近くの林道を走るのには良かったのですが長距離はきつかったです。



ヤマハ FZX750



 











小柄な私にとってピッタリのナナハン、非常に乗りやすく長距離ツーリングに
多用しました。荷物が積みにくいのが難点でした。




ハーレー XLH883












1200にボアアップして乗りました。
10年間、故障の多さに泣かされましたがこのバイクに関しては英語マニュアル
片手に自分で部品交換、修理をしたため非常に詳しくなりました。



ブルタコ シェルパ250(1976年製)

知る人ぞ知るスペインの名車です。
会社がなくなり部品の供給がままならず一部に XLの部品を流用しています。
キャブも悪くなったため不本意ながらCRキャブに交換していました。
キックは左側、混合燃料、公道では正直言って乗りにくいバイクでした。




カワサキ KZ750B(1977年製)

若いライダーの第一声「Z・ナナハンが何故2気筒?」 そうです、2気筒のZでした。
知人から譲り受け半年以上かけて再生して乗っていました。 
 2002年に手放しました。 




ヤマハ ビラーゴ250(1994年製)

私の所有車の中では中途半端なバイクでした。10年間、所有していましたが
燃費の良さは抜群でリッター当たり35km以上走っていました。




スズキ ジェベル250

過去のバイクの中ではチョイ乗りからツーリングまで一番活用したバイクです。
このバイクで金沢から宮崎まで800kmを徹夜で走ったこともあります。



ハーレー FXD1450(1台目)

このバイクはハーレーの中でも日本では不人気車だそうですがステップの位置も
センターで乗りやすいバイクでした。
1代目のFXDですが高速道路の事故でスクラップ、事故の原因はバイクの欠陥でした。
HD社が100%悪いということで同じバイクを貰いました。


ハーレー FXD1450(2台目)

2代目のFXDです。大怪我の後遺症もあったのに 懲りずに同じバイクに乗りました。
人から馬鹿だと言われたことは・・・言うまでもありません。


ハーレーでの事故は九州自動車道を百数十キロで走行中に突然ハンドルが振れ始め制御
出来ないままに数回大きくバウンドして150m以上横滑りしたものです。
警察と道路公団の方は路面に異常はなくスピード出し過ぎのミスだろうということになりました。
自分の運転ミスとしては片付けたくない、どうしても腑に落ちないこともあったのでHDジャパンに
状況を書いてハンドルの振れる原因を教えてくれる様にメールしました。

HD社が凄いなと思ったのはこの後の対応でした。
メールから3日後には東京から担当部長他1名が来て見舞いと今後の打合せ・・・結果的には
HD宮崎で車体検査をして原因を探すという事になりました。
その後、宮崎では見つからず最終的に検査設備のある横浜工場に運び調査をしました。

数週間後に「原因が分かった、担当者がアメリカ本社に報告に行きます・・・」そして数週間後
「アメリカ本社から事故解析専門官が来日します・・・」と連絡がありました。
当時はM社の四駆の欠陥隠し騒動の真っ最中でもありHD社からは途中の調査状況を数回
電話とメールでもらっていましたが内容については半信半疑、信用していない方が多かった
気がします。

最終的には担当部長他1名が3度目の来宮、途中経過の資料や事故解析専門官が横浜工場で
調査をしている写真とアメリカ本社の上司に提出した調査結果の英語資料とその日本語訳の
コピーなど一式をもらい「HD社の製造工程におけるミスでクレームではない」となりました。
補償とか交渉については私とHD社の直接交渉は出来ず中間にPL法保険会社が入り結論が
出ました。
敢えて原因は書いておりませんが担当の方の話では、このような事故や訴訟にに対する
マニュアルはすべての面で揃っておりどんなところで公表しても良いとの話しでした。

訴訟社会アメリカの会社であればこその対応であればこそ・・・日本のメーカーであれば私の
メールなどは無視されていたでしょうね。

この事故で警察と道路公団の人からはこの程度の怪我で済んだのは奇跡に近いといわれましたが
この後の事についてはツーリングよもやま話の5・6に書いています。

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ハーレーにも合計で15年間乗ったし定年後は一人で気軽に乗れて少々の悪路から高速道まで
走ることを念頭に現在はW650に乗り換えてバイクライフを楽しんでいます。