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ツーリングよもやま話 その1


バイクの話や海外・国内ツーリングでの私の体験・経験・珍談のページです。


1.レストランで怒られた・・・その1 

アメリカの田舎町でモーテルに宿泊したときのこと。ハイウェイ沿いのモーテルに泊まり夕食は
道路の反対側にある小さなレストランに行った。ビールとステーキで食事を終えてモーテルに
帰ることになったが周囲には何もないので部屋で飲もうと言う事になり缶ビールを持ち帰るつもりで
追加注文した。食事代を支払うために各人がビール片手にレジに並んだときレストランの
主人が猛烈に怒りだした。我々は何の事か分からずに顔を見合わせていたが、レストランは
アルコールを提供する免許は持っているが販売は出来ない。店内で出したものは持ち出しは
出来ないので飲んでしまって帰れということらしい。我々は向かいのモーテルの客であり部屋で
飲むだけだし迷惑はかけないと粘ったが、ばれれば免許が取り消されるとのことで結局は
つまみを追加注文し店で飲むことになった。
我々の日本的感覚とまったく違うことに驚くとともにリカーショップとかコンビニ以外に自動販売機の
ほとんどない国でのアルコール入手や規制の厳しさについて考えさえられた。



2.レストランで怒られた・・・その2

  カナダ、バンクーバーの有名なシーフードレストランに行ったときのこと。無事ツーリングも終わ  
  り最後の夜は豪勢にと対岸にバンクーバー市街地の夜景の見えるシーフードレストランに行っ
  た。有名店だけに客が多く1時間待ちとなり待ち客向け?のバーでちょっと飲み順番が来た
  ので席に着いた。テーブルの感覚が狭いために椅子に座ると後ろの客との間には人が横向
  きにならないと通れない程だった。一通り注文をしたところでウエイターがトレイに8本ビール
  を持ってきてまずテーブルの上に置いた。我々はウエイターが奥の方には入れないと思った
  ので日本でいつもやるようにビールを勝手にとって奥に座ったものに手渡しで渡し始めた。
  するとウエイターが何かを叫んだ。後で分かったことだが我々が好意でビールを回した事に
  対して「ビールを運び客の前に置くのが我々の仕事、客が勝手に触るな」と怒ったらしい。
  日本での飲み会や会席では逆に店の人から回してくださいと一カ所にドンと置かれることが
  多いだけに仕事に対する誇りとプロ意識を見せつけられた一幕だった。


3.蚊取り線香

カナダではキャンプ場のロッジに宿泊した。必要な品はすべて揃っており我々は食料を
持ち込むだけだった。内部が珍しいので引き出しとか食器棚とかを開いているうちに珍しい
ものを見つけた。なんと蚊取り線香が入っていた。今まで感覚的に蚊取り線香は日本のもの
とのイメージや思いこみがあったために、こんな所にまでと思いケースを手にとって見たが
完全なメイドイン・カナダ。考えてみたら世界中に蚊はいるのだから当たり前か。


4. 自転車オートバイ

私が初めて乗ったバイクは親父の自転車オートバイ?(正式名称は知らない)自転車の後輪に
ローラーとエンジンが付いていて自転車をこいでスタートしスピードが出たところでサドルの
下に突き出ているレバーを引き上げるとローラーが後輪のリムに接触し回転し、それによって
エンジンが掛かり後はエンジン動力で走るものだった。最初の型はクラッチがないために停止
するたびにレバーを下げ、スタートすると又、レバーを上げる…の繰り返し操作が必要だった。
2台目にはクラッチが付いていて、一度エンジンが掛かれば後は楽でクラッチの有り難さを実感
したのを思い出す。
自転車オートバイに乗っていたときは中学生で無免許。親父が三交代勤務で昼間、自宅にいても
勤務の都合で寝ていることも多く、内緒で持ち出して自宅近辺を得意になって乗り回していたのを
憶えている。これがバイク人生の始まり………・。



5. スーパーカブ号

高校生になりバイクの免許(この頃50ccは許可証)を取った。この頃は親父のバイクもスーパーカブ
号に変わっていた。バイクに乗るのが嬉しくて親父が乗らないときには何時も借りてチョコチョコ走って
いた。往復100〜200kmのツーリングに出始めたのはこの頃から……当時は国道10号線も
市街地を出れば次の町までは狭い1.5車線の砂利道の時代でバスやトラックの轍の跡を走り
対向車が来ればバイクを降りて路肩で避けながら待っていた。高校では外出時には学生帽の
着用が義務づけられていたので学生帽を被り砂利や埃よけのサングラス、マスクの代わりのタオル
、そして首にも汚れや埃侵入防止のタオルを巻いて走っていた。この頃、ホンダ代理店主催のカブ号
リッターレースがあり入賞して豪華な賞品をもらったことがあった。
延岡市から宮崎市までの往復180kmを走って1リッターで何km走ったかを競うもので100台以上が
参加したと記憶している。この時の1位が120km、私は5位で99kmだった。当時の道路事情から
考えれば素晴らしい燃費だったと思う。



6.黒雲と快晴

ラスベガスへ向かって砂漠地帯の一直線を走っている時、進行方向の左側には黒い雲が湧き
稲光がして雨が降っている模様、そして右側は快晴で明るい。走りながら、あの雨雲はどちらへ
向かっているのか?と考えたがどうも右の方に移動しているようである。5分後にはポツリポツリ
と降り始めしばらくすると大雨になった。ハイウェイで止まるわけにもいかず次のSAでおりてGS
で給油しながら着替えた。日本でも急な雨に出会う事は良くあるがこの時のように空の真ん中を
境に雨雲と快晴の両極端を見たのは初めてだった。



7.ハイウェイでの雷雨

モニュメントバレーからレイクパウエルへ向かっていた夕方のこと。途中から大雨になり雷鳴が轟き始めた。
途中のGSでは「あなた方は運がよい、滅多に雨の降らないこの地区で雨にあったのだから」と言われ、
なるほどと変な納得をしたばかりだったのに。時間的には18時を過ぎており本来なら薄暮時なのに
真っ暗になりライトを点灯してサポートカーを先頭に5台でひたすら走る。
雨量もさることながら雷鳴と稲妻の閃光はこれまでに体験した事のない大きいものでありスケールも
凄いものだった。途中には家の一軒もなくハイウェイが一本伸びているだけの漆黒の状態で、頭上は
周囲360度、轟々と響く雷鳴の中、数十秒毎に、あちこちで閃光が水平方向や地面に走り、いつ自分
達が直撃されるのかと恐怖感で生きた心地がしない。昼間の走行ではこの広さと直線がアメリカ大陸
の魅力などと大きな気持ちで走っていたのが、このような天候になると裏目に出て雨や雷をよける構造
物や窪みが何もない、次の町までまだ数十マイルある……。やっぱり狭くても走りにくくても日本の道路
がいいと思いながら走っていた。数十分後、遠くに町の灯りが見えたときは少し小降りになっていたが
本当にほっとした。
レイクパウエルの町から見ると遠雷の音がゴロゴロと絶え間なく鳴り地平線が明るく山々がシルエットと
なって浮かび上がっている。地平線の明るさは遠くの町の灯りかと思っていたら雷による明るさと聞いて
またもやビックリ。何事にもスケールの大きいアメリカの想像もしたことのない体験をした数時間だった。


8.ツーリングコースについて

九州、特に現在住んでいる所で苦労するのがツーリングのコース選びである。日帰りとか一泊コースは
どうしても同じような場所になってしまい結局は同じ所に何回も行ってしまう。
興味のない人達は同じ所に何度も行って何が楽しいのかと言うが、これは考え方と感性の問題と思う。
同じコースであっても風景はその時の天候や季節によって表情が変わるし逆方向から走ると又、違った
景色にもなる。その時の気分によってもコースの感じ方が変わることもある。
私が計画を立てるときは幾つかの観光地、名所、旧跡があれば全部は回らずに次の機会に備えて飛ばし
たり残したりしている。
会社の慰安旅行等の計画の段階でアンケートをとったり出欠を取るときに多くの人が***には一度行った
から行かないとか行きたくないと言うが、よく聞いて見るとそこに行って有名な観光地をちょっと覗いて泊まった
だけと言うのが多い。
要するに著名な地区に行っただけですべてを見てきた感覚になっているのか?
私の本音を言えば走るだけでも楽しい…本当はこれが一番!



9.燃料切れでヒヤヒヤした話

2000年5月、ゴールデンウィーク。
一路、東海、甲信越を目指し午後9時に自宅を出る。燃料はリザーブに近いが今夜は夜間走行であり四国
に渡れば高速道路を走るために少しでも高速道入口に近い場所で入れようと思いながら走るが途中でリザ
ーブになる。所がいつもなら空いているフェリー乗り場手前の臼杵市内のGSが一軒も空いていない。
気分的には四国に渡れば八幡浜なら空いているからそちらで入れるしかないと楽観的に考え午前零時の
フェリーに乗り仮眠をとる。
午前2時八幡浜港着。すぐに走り出すがGSが一軒も空いていない。不安になる。
真夜中の国道をガソリンの心配をしながらひたすら走るが行けども行けども空いているGSはまったくない。
過去には何軒かはいつも営業していたのに……15分ごとに停車してタンクを覗いたり揺すって残量を確認する。
途中でストップしたら重量のあるバイクなので押すことはできない。
頭の中では思い切って閉店しているGSに停めて朝まで待つか、ストップしたらタクシーを呼んで金がかかって
もガソリンを運んでもらうか、車を止めて分けてもらうかなどと色々考える。
自販機の前に停めてコーヒーを飲んだりタバコを吸ったりするが落ち着かない。このような状態を繰り返すうち
に伊予ICに到着するがこのまま高速道路に入るわけにもいかず、タンクのピチャピチャ音も聞こえなくなって
しまい閉まっているGSを見つけ朝まで待つつもりでIC入口近くのコンビニに入る。
食料と飲料水を買いGSのことを聞いたら数百m先に終夜営業のGSがあるとのことで、そのままバイクに飛び
乗りGSに向かう。本当に嬉しかった。
ガソリンが18.6リッター入る。カタログデータでは18リットルなので完全に底をついていたようだ。 
まさに地獄に仏……実感する、そして安心する。
こんな事はグループツーリングならばどうにかなるがソロの場合はどうしようもない。長いツーリング経験の中で
ガソリンについてこれほど真剣に不安を持って走ったのは初めてだった。


10.ツーリング、宿泊の想い出その1

岐阜県の西穂高近くの、K温泉、ゴールデンウィークの1日目であり宿泊が心配だったので高山駅前の旅行社で
予約をしてもらった。内湯付が6500円、内湯なしが5500円とのことで安い方を頼んだ。

ホテルは4〜5階建てだったが驚いたことに客は私一人!、私が一番乗りで後から客は多くなるのだろうと考えながら
部屋へ行ったが料金はそのままで高い部屋で良いという。ラッキー!
露天風呂もあると言われたが、まず大浴場に行ってみた。一番風呂と同じで熱くて入れない。大きな蛇口を全開にして
みたが浴場の広さからして、温くなるのに時間がかかりそうであり蛇口の横に何とか入ってみた。
しかし身体の蛇口側は冷たく浴槽側は熱く、我慢できないので、すぐに上がり、結局はシャワーだけにする。
食事は山菜料理が並び宿泊料金の割には大満足だった。又、露天風呂も夕方は熱くしてあり夜になると温くなるのを
知っていたので寝る前に行ったが和風庭園風の露天風呂で満天の星をみながら貸し切りで、こちらも大満足だった。

結局、この夜は客は私一人でホテルには気の毒だったが安い料金での贅沢なホテル貸し切り状態!
サービス満点の良い思い出になった。


11.ツーリング、宿泊の想い出その2

山陰地方をクラブのメンバーと二人でツーリングした時のこと。カーフェリーで神戸に上陸し一日目は鳥取砂丘前の
民宿に泊まり、二日目、蒜山高原から大山、米子、松江、出雲大社を回る。

大山をでた頃から猛烈な雨になり、相棒のバイクがカブリはじめ調子が悪くなる。出雲市に入ってバイク屋さんを見つけて
修理に入る。
待つ間に市内や近辺のビジネスホテルに片っ端から電話を入れるがどこも満室で空いていない。諦めてバイク屋で話を
していたら奥さんが親戚がビジネスホテルをやっているのでと言って電話をしてくれた。結局はシングル一部屋しか空いて
いなかったが無理に頼み込んでシングルに二人で泊めてもらうことにする。シングルだから当然狭いのだがベッドの横の
通路に布団を敷いて貰った。宿泊料は安かったが料理は最高級と言っても過言ではなかった。

最終日、雨の中を津和野、下関に向かって出発する。二日間、予定よりも安く上がったので今夜は下関に泊まって、
フグ料理でも食べようという計画だった。一日中、雨の中を走り、ずぶぬれ状態で下関駅の観光案内所に着いた……
「本日は下関市内の宿泊設備はすべて満室です」の張り紙にビックリ……有名な源平の先帝祭の最中だったのだが
このことは私達はまったく知らなかった。
下関がダメなら門司か小倉にホテルはたくさんあるからと関門トンネルをくぐり門司へ…。

それからが最悪だった。門司、小倉、八幡、戸畑と下りながらあちこちのホテルや旅館に電話をするがどこも満室で22時に
なってしまう。空腹とずぶ濡れであり開き直って徹夜で走ろうかなど話しながらとにかく何かを食べようとドライブインで
腹ごしらえをする。
身体が暖まったところで英彦山、耶馬渓方面に向かう。考えてみたら朝出発してから15時間以上も雨の中を走っており
暗闇になってからは対向車のライトと雨滴で前方が見えないのでヘルメットのシールドも外して頭も顔もびっしょりである。
飯塚市を過ぎた辺りでラブホテルの看板が目に入り入口に空き室のグリーンランプが目に入った。
相棒に相談する暇もなく左折してホテルの車庫に乗り入れる。夜中に大型バイク2台が爆音を響かせて入ったのでホテル
でもビックリしたかも知れないし相棒もビックリしていた。

色気のない中年男二人で気持ちも悪いが寒さと眠気と疲労には勝てず部屋に入り風呂に入ると同時に濡れたものを、
あちこちに掛けてエアコンを全開にした。
一番、困ったのはベッド一つにどうして寝るかだった。大きなソファーはないし前夜みたいに一人が下にとも思ったが荷物や
濡れたものでスペースがない……結局は頭を互い違いにし少しでも離れて寝ることにした。
疲れていたのでぐっすり寝てしまったが男二人でのダブルベッド、お互いに気持ちのいいものではなかったが、今では
良い思い出である。


12.ツーリング、宿泊の想い出その3

これは昨年のビジネスホテルの想い出。中部地方のN市に泊まることにして例によって駅前に向かう。途中で全国チェーン
と思われるGホテルの名前を見たので早速、電話を入れる。「部屋は余りよくありませんが…・円です」安い、即決してホテル
へ向かう。「お風呂は屋上に大浴場があり部屋にはございません、トイレは各階に一つで共同になっております???」
(今時なんだ?)
屋上の大浴場は4〜5人で一杯、トイレが部屋にないというのは不便だった。
Gホテルのチェーン店なのか確認はしなかったが、旅館ならいざ知らず今時、このようなホテルがあるなんて、これも新しい
経験だった。
大浴場で近くの、E山の山開きに来ていた京都からのグループの人達と楽しい山談義が出来たのは楽しかった。


13.ツーリング、宿泊の想い出その4

まだ独身時代、四国一周に行ったとき高松の手前で日が暮れてきた。腹が減ったので小さな商店に寄り、話のついでに
近くに安くで泊まれる所はないか尋ねたら、近くに新築中の所があるからと教えてくれ電話までしてくれた。泊めてくれると
言うので道順を教わり行ってみたが見つけきれない。私は民宿とばかり思っていたし当時の民宿と言えば海水浴場にある
ような新建材の外壁の安っぽい感じが多かったので、それを想像していた。新築中の立派な邸宅があり外部にはまだ足場
がかかっていたが念のために裏に回り古い家の人に聞いたらここだと言うことだった。
驚いたことに新築中の家に泊めてくれるという…完全に完成していないが家の中はすべて揃っているのでいいですよ…
家人は裏の住宅にいるから一人ですが、どうぞ。
床の間のある部屋に通され風呂だけは裏の家だったが、新築の家に得体の知れない汚れた格好の若者(当時25才)を
泊める事が理解できなかったが有り難かった。
結局、食事の時以外は家の中にただ一人、何もかもが新品なので気を使いながらの宿泊だったが、今考えても、あの立派な
家が民宿だったのか自宅だったのか分からないし場所も思い出せない。私だったら新築中の家に見知らぬ者を泊めることは
出来ないだろうと思う。


14.ツーリング、宿泊の想い出その5

ツーリングとは違うが35年前の北海道での相部屋経験です。
旅行をするときは大きなキスリングにテントとシュラフを載せて、登山の格好で各地を歩いていました。当時、そのような格好
で旅をする私達は蟹族(かにぞく)と呼ばれていました。
今ではキスリングを知らない人が多くなりました。現在の登山者のザック(リュックサック)は縦長でナイロン製の派手な物が
多いようですが当時は横型で両サイドに大きなポケットの付いた帆布製でした。キスリングを担いだ姿を後ろから見た時に蟹が
歩く姿に似ていることから蟹族と呼ばれていたようです。あの頃はどこの観光地に行ってもシーズン中は一人では泊めない
二人以上でなければと言う所が多かった気がします。
テント生活も良いがたまには旅館(当時ホテルは少なく高かった)にと思い適当に行ってみると部屋は空いているが駅に行って
相棒を一人以上見つけてくれば泊めますと言われ駅に戻って旅館を探しているような人に声をかけて、何人目かにようやく
見つけて見ず知らずの人と泊まりました。

阿寒湖の湖畔に泊まったときは大きな旅館でしたが、簡単に相部屋でよろしいですかと言われ料金先払いで案内されてビックリ!
100人以上の相部屋でした。要するに修学旅行生や団体旅行の宴会場になる大広間を開放していたのです。
一定の間隔で四列にズラリと布団が敷かれどこでも好きな所に寝てくださいとのことでした。
グループや個人、大学生、社会人と様々で賑やかなこと、ここでも色々な人と話、飲み楽しい想い出が出来ました。
現在はこんな事は、おそらくないでしょうし、泊まる人もいないでしょう。古きよき時代かな?


15.ツーリング、宿泊の想い出その6

相棒と二人で熊本県と宮崎県の県境付近の林道を一日中走りY温泉に泊まろうと行きました。ところがホテル、旅館、
民宿の殆どが満室でどこに行っても断られ一軒の商店に行き自販機でコーヒーを飲みながらそこの小母さんに泊まれ
る所を知らないかと聞いたらどこかに電話を入れてくれOKとなりました。

教えられた通りに行くと一軒の民家で70才近い老夫婦が出迎えてくれました。話を聞くと民宿ではないが周辺の
民宿が満員の時に頼まれて民泊をしているとのことでした。
小さな古い平屋でしたが庭の植木は綺麗に剪定され眼前に田舎の田畑や山が広がる落ち着いた場所でした。
風呂から上がって出された料理を見てびっくり、山菜料理が並びその量も半端ではなく二人ではとても食べ切れそうに
ないし安い宿泊料では気の毒なくらいでした。時間をかけて飲み、食べ、そして老夫婦との会話が弾み何だか田舎の
実家に帰ってきたという感じでした。久しぶりに本当の田舎料理を食べさせてもらったと感激した次第でした。



16.ツーリング、宿泊の想い出その7

宿泊の時に一番気になるのが駐車場の事です。どうしても盗難という事を考えますがバイクの駐車場に関しては対応が
まちまちで色々な経験をしました。
得をするのはハーレーで行く時がほとんどです。岡山県T市のホテルに泊まった時は電話で空いたホテルをようやく見つけ
駐車場を聞いたら2階建ての組み立て式駐車場があるので、上り坂の下に入れて下さいとの事でした。ホテルに着いて
場所が分からないのでフロントで聞き離れた駐車場に移動しようとしたら、たまたま支配人が通りかかり、このバイクなら
玄関の真横にどうぞと言われホテル横の一番目立つところ、それもフロントやロビーから丸見えの所で安心して置くことが
出来ました。
旅館の玄関の中に置かせてもらったり前後をホテルの車で挟んでくれたり、シャッターの内側に入れてもらったりとホテル
側も盗難対策をしてくれる所がほとんどでした。
オフロードバイクで行ったときには汚れているのもありますが、駐車場でも車のスペースには入れてもらえず一番奥の壁の
所とか自転車置き場の適当な所とかホテル前の歩道とかに置かされた事もあります。
大型バイクで置き場所を考えてくれるのは本当に有り難いのですが、逆にバイクを出す時に小回りが利かず重量があるので
非常に苦労する時もあります。
何処に行っても気になるのはホテルの駐車場のことです。


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